大好きな友人に素敵な恋人ができた。

彼女は本当に優しくてその優しさに漬け込まれて辛い思いをしたり、彼女の優しさにあぐらをかいて彼女を大切にしない人とばかり一緒にいた。

そんな彼女にきちんと大切だよと伝えて、それが伝わるような行動をする恋人ができた。その恋人とずっと一緒にいるのかは彼女と彼にしかわからないけど漠然と、彼が一緒に居れば彼女はずっと幸せだと思えるんじゃないかと思った。

自分のことでもないのに何故だか涙が出そうなくらい嬉しい気持ちになった。とてもとても大切な人だから、そんな人が手放しに、彼といると幸せだと思うと笑って、それを自分に伝えてくれて、こんな素敵な夜が来るなんて。

こんな夜をずっと続けて、いつかそれが当たり前になるように生きていきたい。

許せる人間になりたい。自分は傲慢な人間だから無意識のうちに人をジャッジしている。自分もジャッジされる立場であることを忘れて。

久しぶりに会ったデザイナーの先輩と話をしていてその人の穏やかさに驚いた。元来穏やかな人だというのはわかっていたけど、久しぶりに会ったら自分の苛烈さが際立った。それが嫌でつい言わなくていい愚痴をこぼしてしまったら、あなたは視野が広くてよく周りのことが見えてるからあなた自身も本当はどう見えてるかわかるはずだよ、そういう人はなりたい自分に変われるからそんなに厳しくしなくても大丈夫だよと言ってくれた。嬉しかった。周りをよく見えていると言ってくれたことも他にもたくさん、自分が頑張ってきたことを見えてるよ、大丈夫だよ、合ってるよと言ってくれて安心した。

誰かに安心を与える人間になりたい。そのためには自分も他人も、物事も許せる人間になりたい。

好きをちょっとずつ思い出していってる途中だなと思う。

あの頃好きだった曲に景色に人に。好きだった、には理由があって、好き、の状態時にはそれはわからないんだなと思う。自分はそうだった。もしかして思い出してその理由に気付くために忘れたのでは?と思うほどに。

もちろん忘れていた訳には色々あるし、忘れてないけど離れたかったという場合もあったし、書き出せないほどたくさんのあれやこれやがあったけど、それも含め今わりとかわいい気持ちでいられている。なんだかふっくらしてちょっと冷たくて早く家に帰りたいような、まだここにいたいような気持ちに。

ある程度複雑な気持ちを抱いた方が感情の振れ幅が大きくなって素敵な人になれそうと思っているからかも。

年末

気がついたら年末でびっくりする。ようやくお休みをもらえた。

今年は仕事しかできなかった。好きなグループのライブにも行けず、友達と約束した旅行にも行けず、たくさんの予定を断り、たくさんの約束を嘘にしてしまった。申し訳ないと共に不甲斐ない。守れない約束はするべきではないと思い、下半期はほとんど約束もできなかった。いろんな人と会うタイミングを逃した。手に入れられなかったことやものが多いと感じる一年だった。もちろん得たものもあるんだけど失ったものの多さに軽く絶望するくらいには酷い一年だったように思う。

来年はそんなこと起こらないといいな。得たものを数える年にしたい。

忙しいって本当に怖い。普段なら気にならないようなことにもイラっとしたり不意に関係ないことを深く考えてしまったり。心を亡くしてます。

妹に怒涛の愚痴を聞かせてしまって犬の写真を送られて泣きそうになったりした。

あと最近気がついたことは疲れが限界値を超えると関西弁に戻ること。普段仕事中は標準語なのに。

どうしてこんなに上手くいかないんだろうか。人間として欠陥があるとしか思えない。どうしてみんな好きな人の前でお手洗いに行ったりお風呂に入ったりできるのかわからない。家に帰ってその日あったことを話す理由が理解できない。素直じゃないわけではなく、解決もしてくれないのに話す理由がわからないというと理解してもらえない。私だって帰って話したいことはある。帰り道の花が綺麗だったとか、ずっと信号が青だったとか。それじゃだめなの?わざわざ今日嫌だったことを話さないと私がどういう人間かわからないの?いつだって自分以外を優先して考える癖があることを理解はしてもらえないのか。嫌なことを話してどう思われるかを気にしてるのは普通じゃないのかわからない。

逃げ恥の平匡のようだ。愛される人はいいなぁと思ってしまう。きっと愛されるだけの理由があるのに。でもそこを考えると愛されるだけの理由がない自分に気がついてしまう。

つらいなぁ。